これまでのテアトルロードでは、子ども・若者の教育と芸能の関係について知る記事をいくつか配信してきましたが、今回は、長年にわたって若者研究に従事し、『さとり世代』『Z世代』などの著書もあるマーケティングアナリスト/若者研究家の原田曜平さん、そしてテアトルで鈴木福・谷花音らを育てたことでも知られる二宮陽子先生との対談を企画しました。
近年、子ども・若者との接し方がますますわからなくなっている……という大人世代も多いかもしれません。そこで、これからの大人はどのように彼らを「見守って」いくべきなのか、そのヒントを探るべく、「次世代の“スター”を育てるために大人ができること」をテーマにお話しいただきました。
果たして二人の対談から見えてきたものとは――?
※記事の内容は公開時点のものです
テアトルの名物講師? 鈴木福・谷花音らを育てた二宮陽子先生とは
今回は若者研究家でマーケターの原田曜平さん、そしてテアトルで鈴木福さん・谷花音さんを育てたことでも知られる二宮陽子先生をお迎えして、「若者・子どもの育て方」をテーマに対談していただこうという企画です。
原田さんは「ZIP!」(日本テレビ系列)でもレギュラー出演されていましたし、若者研究の第一人者ということを知っている人は少なくないと思うのですが、まずは読者向けに、二宮先生のご紹介をできればと思います。
二宮先生は、福さんや花音さんたちが子役時代に指導をされていたんですよね。普段は何歳くらいの生徒さんを教えてらっしゃるんですか?
私は幼稚部から小学生・中学生を見ることが多かったです。もともと演劇少女で、舞台役者もやっていて、連れ合いが俳優やっていたりとか、その縁でテアトルで教え始めて、もう15年になります。
やっぱり福さんたちは、小さい頃から抜きん出ていたんですか?
私は福、花音、それと過去に在籍していた本田望結ちゃんとかが幼稚園の年中・年長さんくらいの頃、できる子たちを集めた選抜クラスを担当していたんですが、頭の回転が早かったり、表現することの感受性はすごく持っていましたね。
福は、小さいときはよく走り回って落ち着きがないタイプだったけど、お芝居になるとすごく集中力がありました。
『ちびまる子ちゃん』の台本を参考に、私がお母さん役で、福がまるちゃんで「お菓子を食べちゃった」「なんで食べちゃったの!」という即興演技をやったりしていて、途中からセリフを変えてアドリブでやっても、いつまでも即興が成立するんです。
彼らには「これやってみる?」と言って少し難易度の高いことをやらせてみてもすぐできましたし、やる気も高くて、私自身も教え甲斐がありました。親御さんたちが、家で熱心に練習に付き合ってくれていたのもありがたかったですね。
この15年で子ども・若者をめぐる環境はどう変わったか
そして本日は、若者研究家でマーケティングアナリストの原田曜平さんに来ていただきました。原田さん、よろしくお願いします!
よろしくお願いします!
僕もここ20年ぐらい、高校生・大学生と一緒に仕事をしていて、恋愛や就活の悩み相談に乗ったりと、「相撲部屋の女将」みたいなことをずっとやってきたんです。
若い人と間近で接してきたという意味では同じだと思うんですが、二宮先生から見てこの15年で子どもたちにはどんな変化がありましたか?
特に幼稚部ですごく感じるのですが、10年前は年少さんで字が読める子が少なかったんです。今はクラスにもよるんですけど、年少さんでも読める子が増えていて「掛け算ができる」とか「漢字が読めるよ」という子もいて、お勉強ができる子が増えている感じはしますね。
面白い。し◯じろうのせいですかね。
本当にそうかもしれません(笑)。ただ、たしかに字を覚えたり字を追いかけるのは上手なんですけど、台本を読むときの感覚・感性が少し変わってきているように感じるんです。
たとえばレッスンで使う短い台本をやるときに、「寒いね」「手がかじかんじゃうね」とか、そういった感覚に共感しながら演じることがすごく大事なんですけど、それがうまく理解できていなかったりします。なので、「寒いってこんな感じだよね」ということを、かなり具体的に教えてからやらないといけなくなってきているように思います。
テアトルさんとかに通える子だと特にそうかもしれないですが、この15年ぐらいでタブレットで勉強できたりとか、デジタル機器を扱うスキルは子どもたちの間で上がっている一方で、外で裸足で遊んで何かの匂いを嗅いで……という体験はあまりできていないかもしれないですね。
そうですね、テアトルは普通の習い事と変わらないぐらいのお月謝はかかるので、ここに来れる/来れないというのはあると思います。子どもたちに「習い事いくつやってるの?」と聞いてみると、英語と体操なんかで2つ、3つは当たり前。多い子で7つやっているという子もいます。
あと、私としては、せっかくレッスンを受けているのでおうちで練習する時間を作ってもらいたいなと思うんですけど、親御さんによっては「そういう時間が全然作れないんです」という方もいます。
今は共働きも多いですもんね。それと、今は昔に比べて、ある程度の所得以上の人しか結婚して子どもを作らなかったりという状況もあるでしょう。もしかしたら子どもに作ってあげられる環境の平均値は上がっているかもしれません。
より正確に言うと、家庭の所得によって子どもの教育環境の格差が開いているということでもある、とは思います。
一方で、今の子は「無菌状態」で生きてきていることがすごく多いように思うんです。最近の小学校では学級崩壊や先生のパワハラ防止の意味もあって、教室にドアをつけずにいつでも外から覗けるようにしているところもあります。先生も、必要以上に生徒に深入りしないようにしているんですね。「あだ名禁止」の小学校も増えていたりする。
この15年で社会的にもパワハラ、セクハラへの意識が高くなってきて、全体的にはいいことではありつつ、一方で人生ってもっと泥臭いこともあって、そういうことに対応できる力も大事だったりする。そういう社会で育っているから、シャレが通じないとか、敏感すぎたりはしますね。
そういうこともあるかもしれませんね。
まずは「小さな目標」をクリアさせることが重要?
いま僕が研究している「Z世代」はSNSとともに育ってきた人たちです。SNSで目にするスポーツ選手もタレントも、大坂なおみさんが代表的ですが、やっぱり「傷つきやすさ」は目立つようになってきているように思います。もちろんSNSで他人に誹謗中傷する側が100%悪いんだけども、「無視すればいい」「本当にムカついたらやり返したっていい」という側面もあると思うんです。昔だったら、殴られて帰ってきた子どもにお父さんが「やり返してこい」と言ったりしたわけですよね。「傷ついて終わり」ではなくて、人生ではそういう気持ちも大事だったりもするから。
難しいですよね。私も教えていて、すごく素質がある子がいて「もう少し頑張ってみたら、もっと面白いところにいける」と思っても、相当言葉を選ばないと、途中で折れちゃったりするんです。昔はそれでも食らいついてきた子もいたのですが。
だから、ここ数年の私は「大人もアップデートしなくちゃいけない」と思って、子どもや若者、親御さんに向き合いながら取り組んでいるんです。
それは、あまり大きな目標を与えすぎずに、小さな目標を言ってあげるとかってことですか?
そうですね。小さな目標から1個ずつ褒めていくことが一番有効。大きな目標を目指してもらう前に、その前段階が必要なんですよね。
これって学校教育の影響がかなり大きいかなと思うんですけど、目立つのが苦手な子が多いんです。テアトルに所属するということは、そもそも人前に立ってある意味目立ちたいから来ているはずと思うのですが、「さあやってみよう」と言っても、みんななかなか手を挙げない。
子どもたちは学校と家庭という狭い場所で生きているから、自己肯定感を持って、目立つこと、個性を出すことを全然訓練できていないんです。そういう環境で育っていたら、いきなり「やってみよう、目立ってみよう」と言われても難しい。そこは、どうしたら一歩踏み出せるのか寄り添っていかないといけないな、とは思っています。
今、大学生のあいだでノンアルコールのバーに行くのが流行っているんですよ。僕らが若い頃は『島耕作』に憧れてちょっと背伸びして、よくわからないまま大人のバーに行ってみて「うわ、こんなにお金取られるんだ!」という経験をしたわけですけど、今の大学生たちはそれが怖い、傷つきたくないので、なかなか行けない。
だからお店側も「ノンアルコールだから気軽に来れますよ」というお店を出していたりするわけです。うちの研究所ではこういうのを「アダルトステップ」と言ってるんですが、そうやって段階を1個挟んであげないと、階段を登れなくなってしまっている。
面白いですね。
アメリカの大学に勤めている日本人の女性の方に聞いたんですけど、年々アメリカも若い子たちがすごい繊細になって、ちょっとしたことで傷ついたり鬱になったりするんだそうです。「ヘリコプターペアレント(※1)」という言葉もありますが、親がすごく過剰に子どもを無菌状態にしていて、結果としてすごく傷つきやすくなっている。
※1 ヘリコプターペアレント:自分の子供の周りを、まるでヘリコプターがホバリングするように、関わり続けることがやめられない親のこと。
日本特有なのかと思っていましたけど、アメリカでもそうなんですね。
やっぱり私も子を持つ親として、「我が子はちゃんと幸せに健やかに育っていけるだろうか」と、不安を持つ気持ちはよくわかります。
ただ、その中で生きてる子どもは、ちょっとかわいそうかなとも思うんですよね。せっかくいい感性を持っていても、頑張る準備ができていないと、うまくいかないですから。
「子ども・若者たちのあいだでは自己肯定感が低いことが問題だ」ということはよく言われていますよね。今の子たちはそんなに目立ちたい子がいない。本気で「石原さとみみたいになりたい」という子は減ってる。
でも、昔の若者はとにかく個性を周りに表現して目立ちたかったと思うんです。松田聖子になれそうになくても、聖子ちゃんになりたかったわけじゃないですか。
そうですね。みんな同じ、聖子ちゃんカットの髪型をしていましたね。
今はそういう感覚が減っているんです。すぐに思いつくのはSNSの影響ですよね。たとえば「うちのクラスでは私が一番かわいいな」ってルックスに自信を持っている子がいるとして、テレビを見て「さすがに石原さとみにはなれないな」と思えたとしても、さらにSNSを見たら自分より上の人たちがグラデーションでいっぱい見れてしまったりする。
ただ、SNSをやる前の年齢なのに、結構そういう気質になっている感じもあるんです。知人から聞いた話ですが、娘さんが夏休みの読書感想文を書いて区から表彰されたときに、それで自己肯定感を高めるかと思ったら、浮かない顔をしていたらしいんです。聞いてみたら「私は3番手ぐらいがいいんだ」と。みんなから注目されちゃうから、目立ちたくないんですね。
だから時代の空気や教育環境の影響が大きくて、SNSはその傾向を加速しているだけだと思うんですね。
こういう感覚は、僕が接している若者たちにも広くあって、うちの研究所では「プチ個性」って言ってるんですけど。
悩ましいですよね。今の若い子でも、目立ちたい子は勝手にTikTokとかYouTubeとかをやっている。
だけどテアトルに来る子はおとなしい子が多くて、「もっと自分を出して目立とうとしていいのに」と思っちゃうんです。「自分を変えたい」と思って来てる子は多いとは思うんですけどね。
成熟社会では「欲望自体が減っている」!?
テアトルの子どもや若者たちからよく聞く言葉で「誰かを元気にしたい」というのがあるんですね。
でも、自分が元気じゃなきゃ、他人を元気にすることできない。まずはそこをやらないといけなくて、そこに火を点ける、一歩を踏み出すことができるようにするためにはどうしたらいいんだろう、という悩みがあるんです。
「社会貢献」みたいなものに興味を持つ子が増えているというのは、ここ10年ぐらいのトレンドになってきていますからね。
そういうことを言う人はすごく増えてる気はしますが、それって役者の欲望として正しいのかどうか、よくわからないなと思ってしまうのですが。
アスリートやスターがそう言っているから、同じようにそういうことができたら自分にも価値があると思えそう、という感覚がある気がします。
でも、その裏側には自分を高めるためのすごい努力があって、その努力に対するお金と時間がそこにかけられているんですよね……。
彼らを見て思うのは、テレビでそういう人たちを観ていると、簡単そうに見えるんだろうなと感じることが多いんです。テアトルでも極端なことを言えば「ここに来れば鈴木福になれそう」「菅田将暉くんになれそう」という感覚を持っている人は、少なくない気がします。
お芝居でも「自然体がいいよね」という流れがあったりはしますけど、じゃあいざ芝居をする時に家でくつろいでいる自分をそのまま演じればいいかというとそういうわけじゃなくて、自然に見えるキャラクターがそこに息をして存在し、無意識の中の意識を持って表現ができた時に、そこに対価が払われるわけですからね。
表現って、自己顕示欲も含めて「ああしたい」「こうしたい」とか「自分がこうなりたい」という思いが、あくまでベースにあるわけですよね。
理由は二つあると思うんです。一つはまず、「欲望自体が減っている」と思うんですよ。これは国が豊かになってくるとどこでも生まれる現象で、中国で今「横たわり族(※2)」というのがすごくトレンドになっているんです。僕は中国でも若者研究をしているんですが、10年前の中国では田舎の学歴のない若い子でも、みんなが「俺は何十億稼ぐ」「CEOになる」と言っていた。
ところがここ5年ぐらい、特に北京や上海といった大都市部では日本の若者みたいにダウナーになってきていて。「ずっとこのレストランで働いてたいんだ」とかって言うんですよ。「でも、給料そんな高くないんでしょ? それで大丈夫なの?」と聞いても「でも、みんないい人だし」という答えが返ってくる。
※2 横たわり族:中国で増えている社会的な競争を避けようとする20、30代の若者のこと。特徴は、物質的な欲求が乏しく、勤労や結婚、出産に積極的でないこと。
こういうことって、おそらくは日本より前にヨーロッパとかでも起こっていたはずで、衣食が足りると人の欲望はちょっと減る。
今はスマホがあればそれなりに楽しいですし、いろんな意味で欲望が削がれやすい時代になっているのかなと思います。
もう一つはネット。YouTubeやTikTokで簡単にタレントさんの真似事ができるじゃないですか。そういったところで承認欲求が満たされやすくなって、あまり大きな野望を抱かなくなってきているのかなと。
今の子どもたちは、環境が整っているんですよね。たとえば気温の変動の違いがありますが、昔は学校にクーラーがついてなかったり。
そして今は、スマホで何でも知ることができるので、「世の中で知ることのできないことはない」ぐらいの感覚に覆われていますけど、私はむしろ「知らないことが増えてきている」のではないかと思うんです。
それは感覚、つまり「感じる」ということなんです。
表現するにはやっぱり五感ってすごく大事なんです。そのためには経験するってすごく必要なことだと思っているんです。もちろん疑似体験でもいいんですけどね。
例えば小さい子だったら、絵本を読むのにもいろんな本がありますけど、それこそ谷川俊太郎さんの詩だったり、繰り返しの言葉の楽しさがあったり、冒険物語なんかもありますよね。いろんな本をいっぱい読むことでいろんな疑似体験ができるんです。
だから私は保護者の方に読み聞かせをお勧めしながら、「絵本の世界にどうぞお子さんを連れて行ってあげてくださいね」という話を必ずするんです。
少子化で「親子でセット」の時代になった
でも、もしかしたら疑似体験をしようにも、どのくらいの深さですればいいのかがわかっていないのかもしれないですね。
「ぜひ絵本をたくさん読んでみてくださいね」と言ったら、1日で10冊とか読んじゃう方もいる。
とにかくたくさん読んで詰め込めむことがいいわけじゃなくて、その絵本の世界を親御さんも一緒になってゆったりと楽しんでくれることが大切なんですね。だけど、親自身も「どうやって絵本の世界で遊んだらいいかわからない」という方もいるんですよね。
今は純粋に少子化で子どもマーケットが減ってしまっていて、特にコロナの影響もあって2020年以降の出生数が急激に減っていて、10年後はもっと大変なことになるわけです。
何が起こっているかというと、日本全体が子どものことを見なくなったんですよ。
昔、例えば僕らが小さいときは、平日夜7時台のゴールデンタイムにはアニメが必ずやってたのが、今は「ドラえもん」を土曜午後の中途半端な時間に、「アンパンマン」を午前の変な時間に追いやってしまった。
これはもう、子どもだけでビジネスが成立しなくなってしまっているから、「親と子をセットでつかむ」という発想になっているんですよ。
『鬼滅の刃』とかも親子連れが映画館に行ったことで、あれだけのヒットになった。親としても、お金さえ出せば昔みたいに知恵を絞らなくても子育てしやすくなっている。だけどその反面、いざ親と子が二人でぽつんと置かれたときに何も遊んであげられなかったりするんですね。
そうなんですよね。私も親御さんにお話しするときに「レッスンでやったことはぜひお家で遊びとしてやってみてほしい」って言うんです。演技だって「遊ぶ」という発想でやってほしい。親御さんも一緒に知らない世界を学んでほしいんですね。
前にレッスンのなかで、親御さんに自己紹介をやってみてもらったことがあるんです。いつもは子どもに対して「何で大きな声でできなかったの?」「家でやったでしょ!」と言っているけれど、いざ自分でやろうとすると、だいたいの人が「え、ちょっと待って、そんなことできないよ」となる。
そういうことを通じて、「お母さん、ここに立つって大変でしょ」「だから、子どものことを応援してくださいね」ということが、ようやくちょっと伝わる。親御さんにも何かレッスンしたいなって思っていて、そういう企画を考えているところなんです。
親子で一緒に受けられるクラスなんかは、いいかもしれないですね。いまは「子どもに反抗期がない」と言われていて、それはマーケティングのカギになっています。たとえばポカリスエットのCMで、吉田羊さんと鈴木梨央さんが親子でやっているものがありますよね。あれって最初は「高校生が1,000人グラウンドで踊る」というものすごいお金をかけた企画があって、その片方で細々と午前中に「親子でポカリ飲もう」というCMを流していた、というものだったんですが、そっちのほうが好評になってしまった。
あるビール会社でも、ここ7、8年ぐらい「親同伴入社式」をやっていてすごく好評なんです。今の大学生は、親が入社式に来るなんてのを嫌がるどころか、むしろ嬉しいんですよね。そのほうが採用の応募者も増えるんです。
「友だち親子」というやつですよね。そもそもなんで今の親子ってこんなに仲良くなっているんでしょう?
いくつも要因があるけど、一つは親世代がすごく柔らかくなっているからですね。一昔前、「毒親」と言われたような昔の価値観を押し付けるタイプの親が減ってきて、特にバブル・新人類世代で管理教育を受けて、尾崎豊じゃないけど「自由になりたい」と叫んでいた人たちが親になっている。
あとは、20年前に比べると若者が経済的に弱くなってきているので、親と手を組んでいたほうが得、というのもすごくあります。兄弟数も減っているから親も子どもをサポートしやすくなっているんですよね。
「6割叱る、4割褒める」ではなく「9割褒める、1割改善提案」
お二人の話を聞いて思うのは、たしかに子ども・若者世代には変化が起こっているけれど、これって問題として向き合うのってなかなか難しいなと思ったんですね。
どんな問題が具体的にあって、それをどういうふうに解決していくのがいいのかなと。
僕はマーケターという職業柄もそうなんですけど、あまり変化自体を問題だと思っているわけではないんですよね。たとえば「スマホですぐ調べられるから人間の記憶力が落ちてる」と言われたりしますけど、それは覚える必要がなくなっただけで、必ずしもマズいこととは言えません。若い世代の変化は、時代に適応するためにそうなっているところがある。そう捉えたとき、足りないものは教えていかなきゃいけないけど、大人世代の教え方も変えていかなきゃいけない。
さっきの「アダルトステップ」もそうですが、昔はもっと上昇思考があって意気な若者がいたから、設定してあげるハードルが高ければ高いほど「なにくそ」って子が出てきた。
でも、今はもうSNSの誹謗中傷に苦しんでる時代ですから、ちゃんと階段を用意してあげないといけない。
階段を本当に自分で登ったのか、「登らせた」のかはさておき、登ってみるとその気持ち良さがわかるというのは、あんまり変わっていないと思います。だから、指導の仕方しだいなんですよね。
そこを、大人の側はどういうふうに見守りながら声をかけていけばいいんでしょう?
最近よく言ってるのは「叱る」をやめる、ということですね。幼少期から無菌状態に置かれ、中学生ぐらいからは常に「いいね!」を押され続けて生きている彼らに対して、「ここは星野監督みたいに熱く叱咤激励しよう」なんてありえない。
昔は「6割叱る、4割褒める」なんて言われていましたけど、今は「9割褒める、1割改善提案」。「叱る」はない。
やっぱり僕も昔は、なるべくいい指導者でいようと思いつつも、長時間一緒にいて距離感が近くなりすぎたりして、これは甘えかもしれないですけど、イライラしているときに若者たちにちょっとキツく当たってしまったりもした。
それをすごく反省して、それからはかなり客観的に、距離感をとって接するようにはなりました。
「成長してほしい」という思いがあるから感情を込めて話したりしてしまうんですよね。それを一旦抑えて、とにかくこの子たちを伸ばす、仕事上役立つ人たちにする、ということを考えるようになってからは、少し変わったかもしれません。
私も実は、福たちをいちばんたくさんレッスンしていたときは注目されていたので、よくバラエティ番組の取材が来ていたりしたんですよ。そこでなにが面白いのか「鬼教官」って紹介されていて、自分としては決してそんなつもりはなかったんですけど、映像を見てみたら「あれ? たしかにそう見えてもおかしくないかも……」と思うところもありました(笑)。
今は以前とはやり方を変えていて、昔の私を知っている親御さんたちと話をすると「二宮先生、変わりましたよね~」と言われることがあるんです(笑)。「こっちもアップデートしないと!」と思って日々工夫しているところです。
ただ、やっぱり飲みに行ったりすると「そんなこと考えてたんだ」ってお互いに理解し合えることもあるから、バランスは悩ましいんですよね。
今は基本的に客観的に離れてて観察してるんですけど、何カ月かに1回はがっつり深く飲んで話し合う。付いて離れて、付いて離れてみたいなのをうまくやれるようになっている気がします。
私はずっとIT寄りの仕事をしてきたのですが、もともとドライな風土なので飲み会とかはやらなくていいかなと思っていたんですよ。
でもある日、「年末の飲み会はないんですか?」とメンバーに言われて、よくよく聞いてみると、みんなそういう飲み会はたまにやりたかった、ということを言われたりもするんです。
飲み会をやるにも、工夫が必要なんですよね。若者たちは自分のスケジュールが崩されるのを嫌がるので、それを崩さない範囲でたまたま空いているところに、武勇伝を語る中年もおらず、おごってもらえて、かつ褒めてもらえる、みたいなすごく都合のいい飲み会はしたがっている。僕はそこに乗っかって都合のいい飲み会を開催してあげるんです。子どものミルク代のために、耐え難きを耐え……。
(笑)
でも、若者から学ぶ要素もあって、それを真摯に取り入れなきゃいけないと思うんですね。15年、20年経つと、彼らが中心になるわけだから。一応そういう目で見てます。腹立つことも多いんですけど(笑)。
でも、本当にそうですよね。子どもに教えてもらうっていうのは私もずっと思っていて。子どもがいてもいなくても、子どもの目線をちゃんと持ってる人はいますからね。
子ども、若者たちが次の時代を作っていくので、そこに私たちも合わせていって、今の人たちの生きやすさを支えていけたほうがいいな、と思っているんです。
「高い目標が持てない」若者に大人たちはどう向き合うか
原田さんにお聞きしたいのは、大人の私たちが若い人たちを見守っていくというときに、何をしていくことを考えたらいいと思いますか?
ひとつはさっき言った「9割褒める、1割改善提案」。もうひとつは「階段を作ってあげる」ということですね。プチ自己承認欲求を積み重ねて、大きな自己肯定感を持たせてあげる。
青山学院大学陸上部の原晋(はら・すすむ)監督と僕はかなり親しい友人なんですが、彼は弱小チームをあそこまで強いチームにしていったわけですよね。
昔の体育系って大学の監督となんて目を合わせられない世界で、今でもほとんどそうです。でも原監督は、学生たちの輪の中に入って学生をイジったりもしつつ、「監督、やめろっつってんじゃん」と一斉にツッコまれたりとかしていて、そういう放課後の男子高校生みたいな雰囲気を作れているんですよ。
じゃあ原監督がふだん何をやっているかというと、学生たちに目標設定をさせて、そのためにどんな練習をしたらいいかを長時間議論させて、一人ひとり決めさせるんです。自分の意思で考えて決めたことは、人間だいたいやるわけですから。「褒める」は前提であって、褒めた上で気持ちよく成長させてあげる先生や上司が、求められる時代になっていると思うんです。
なるほど。でも気になるのが、日本の学校教育の影響だと私は思うんですけど、「自分で考える」ということがあまり訓練されていないじゃないですか。そこで「自分で課題を見つけて努力する」ということが、なぜ青学陸上部の学生たちはできるのかなって。
それは青学陸上部に入ってからトレーニングをしているのもあるし、そもそも原監督が選手を取るときって、似たような成績だったら面接してしゃべれる人を取っているんですね。ちゃんとしゃべれる人や考えられる人って、この方式でやると必ず伸びるわけです。
だから僕も、学生に対して考えさせた上で「それってどういうこと?」とツッコミを入れいくということはやっています。
おそらくスポーツの世界でも、演劇の世界でも、「まず論理的に考える、プレゼンテーションをさせる」ということをやっていくと、自分が考える能力がついて、そうして成長していくのかなと。
今日のお話を聞いて思ったのが、そもそも素質がある人たちっていつの時代も、誰かから言われなくても「自分で考える」ができると思うんですね。
でも、その主体性がもともと薄い人たちに対して、どんなことができるんだろう? ということなんですけど……。
私は学生のときに演劇にハマり、そこからお芝居について深く考えるのは当たり前になったんです。それが楽しさやワクワクの源で、そのなかで自分で色々もがいてきたんです。
だから子どもや若い人には、本当にオタクになってほしいわけですよ。映画に出たいんだったら映画を見まくって語れるようになってほしいんです。
たとえば私はBTSの「Dynamite」からK-POP沼にハマって、さらに韓流ドラマをどんどん掘っていったんですが、もしK-POPをやりたい子であれば、そうやってたくさんK-POPのグループを見て、どんな経緯を経て今こんなに流行っているのか、多くの人に愛されているのかを研究してほしいんです。でも、なかなかそうはならないんですよね。
そもそも、そういうふうに普段から興味を持ってやれない以上は役者として大成しないんじゃないか、という気も一方ではしているんですよね。
両方のタイプがいるんじゃないかな、とは思います。
山崎賢人さんが『水球ヤンキース』(フジテレビ/2014年)というドラマに出たときに彼と対談させてもらったんです。そのときに聞いたのが、山崎さんは本当にもともと何も目標もなくて、地元の友だちと、ただダベっていた子だった。たまたまスカウトされて役者の仕事をやってみて、最初は「何でそんな上昇思考を持たなきゃいけないの?」と思っていたらしいんですよ。
ところが、入った事務所の社長がすごく熱心で魅力的な人だったらしくて「とりあえず騙されてみるか」と思ってやっているうちにだんだん楽しくなってきて、いま地元に帰ると、みんながすごく意識低く見えてしまって付き合いが難しい、ということを悩んでいましたね。むしろ今そういうタイプの若者が増えてるんじゃないかって気がするんです。
だから、この衣食住足りた時代には「動機を持って当たり前」っていう発想を捨てなきゃいけなくて、「そもそも動機から持たせる」というのが、この豊かな成熟社会の教育者の役目なんじゃないかな、と。
お芝居の稽古って、例えば表情筋を動かすことから始まり心やからだを動かすこと、相手を感じることや、注意深く観察するために真似をすること等を訓練するんです。自分のからだとこころ、感情を連動させて表現するのですが、テアトルで学んでいる「お芝居をする」って、人間が生きる上で必要な、本当にいいことばかりだと思っているんです。
難しい課題でも「これをやってみたい」とチャレンジしてみて、「できた!!」って何かを乗り越えたときにみんなキラキラした顔に変わるんです。もちろん、誰かがやりたかった仕事に決まったというのも嬉しいんだけど、私はその顔を見るのが一番嬉しいんですよね。
そういう体験を一人でも多くの人に経験してもらうためにも、本当に私たちの側が、アップデートしていかないといけないですね。
というわけで、今回はマーケター/若者研究家の原田曜平さんと、テアトルで講師を務める二宮陽子先生の対談をお届けしました。大人の側がどう変わっていくのか、芸能の世界だけではなく、ビジネスや子育ての現場でも参考になるお話が伺えたのではないかと思います。
さて、この「テアトルロード」では、普段はなかなか知る機会のない「芸能」の世界のことや、「表現力」にまつわるノウハウ、そしてテアトルアカデミーの教育に関する情報を発信しています。よろしければまた見に来ていただければ幸いです!
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(取材・編集:テアトルロード編集部/構成:中野慧/撮影:荒川潤)