『セイバー+ゼンカイジャー スーパーヒーロー戦記』公開記念!白倉伸一郎・武部直美と鈴木福が語る平成仮面ライダー「創業秘話」(1)

『セイバー+ゼンカイジャー スーパーヒーロー戦記』公開記念!白倉伸一郎・武部直美と鈴木福が語る平成仮面ライダー「創業秘話」(1)

特集記事

 今回のテアトルロードは、今週7月22日(木)に封切られる映画『セイバー+ゼンカイジャー スーパーヒーロー戦記』(以下、『スーパーヒーロー戦記』)の公開を記念して、同作のプロデューサーを務める白倉伸一郎さん武部直美さんとテアトルアカデミーグループ所属の俳優・鈴木福さんとの鼎談をお届けします。

 平成仮面ライダーシリーズの生みの親である、特撮ファンにはおなじみの白倉さん、武部さんのお二人。そして大のライダーファンとして知られ、今回の『スーパーヒーロー戦記』では物語のカギを握る「謎の少年」役で出演する福さんの3人で、「ライダー」「特撮」をさまざまな角度から語ってもらいます!

 2本に分けてお送りする今回の前編では、できるかぎり映画のネタバレはなしです。映画公開後に出る後編では若干のネタバレも出てくるかも? それではさっそくいってみましょう!

スーパーヒーロー戦記 | 2021年 夏 ロードショー! (公式サイト
「スーパーヒーロー戦記」製作委員会
ⓒ石森プロ・テレビ朝日・ADK EM・東映
ⓒ2021 テレビ朝日・東映AG・東映

平成仮面ライダーの立役者、白倉伸一郎P、武部直美Pとは?

今夏、仮面ライダー50周年×スーパー戦隊45作品記念ということで『セイバー+ゼンカイジャー スーパーヒーロー戦記』が公開されます。数々の平成仮面ライダー作品を手掛けてきて、今回の映画のプロデューサーも務められている白倉伸一郎さん、武部直美さん、そして俳優として本作に出演している鈴木福さんの3人に集まっていただきました。
この「テアトルロード」は芸能界を目指す人たちに向けたメディアでもあるので、ドラマづくりの現場のお話もいろいろ伺っていければと思います。
ちなみに今回の映画では福さんが非常に重要な役どころだそうなので、前編ではできるかぎりネタバレをしないようにできればと思います(笑)。
……と、その前にまずは、白倉さん・武部さんは特撮ファン、ライダーファンにはもはや説明不要な方ではあるのですけれども、特撮に馴染みの薄い読者にも向けて、簡単に自己紹介をお願いできれば。

故事来歴ということですね。55年前の雪の降る8月のある日……。

白倉伸一郎(しらくら・しんいちろう)
1965年8月3日生まれ、東京都出身。1990年に東京大学文学部第三類を卒業後、東映に入社。『恐竜戦隊ジュウレンジャー』『超光戦士シャンゼリオン』『仮面ライダーアギト』『仮面ライダー電王』『仮面ライダージオウ』などを手がけた。現在、東映取締役テレビ第2営業部長兼、経営戦略部ハイテク大使館担当。現在放送中の『機界戦隊ゼンカイジャー』、そして今回公開される『スーパーヒーロー戦記』のプロデュースを担当。

(笑)

8月は雪降らないやん。

武部直美(たけべ・なおみ)
1967年生まれ、京都府出身。『仮面ライダーアギト』より白倉伸一郎と組んでプロデューサーを務め、『仮面ライダーキバ』『仮面ライダーオーズ』『仮面ライダー鎧武 / ガイム』『特命戦隊ゴーバスターズ』『仮面ライダージオウ』なども手がける。現在放送中の『機界戦隊ゼンカイジャー』、そして今回公開される『スーパーヒーロー戦記』のプロデュースを担当。

……し、白倉さんは、平成ライダーを立ち上げた、まさに立役者だったわけですよね。

まあでも、それより前からいろいろね。

そう、平成ライダー以前からいろいろやってはいるんですよ。
東映という会社に入社して、最初にスーパー戦隊と仮面ライダーの仕事を同時に手掛けたんですね。スーパー戦隊の『鳥人戦隊ジェットマン』(1991年〜1992年放映)と、当時すでにテレビシリーズは途絶えていたライダーの『真・仮面ライダー 序章』(1992年発売)というVシネマ(※1)が最初の仕事でした。
それからしばらくは、日の当たらない場所っていうと言葉が悪いけど、体験映像とかセルビデオもそうだし、「メインストリームではないところでいろいろ試して別の流れを作る」という仕事をしていました。
で、いつのまにか仮面ライダーをもう一回立ち上げることになって、そこでいわゆる平成仮面ライダー第1作の『仮面ライダークウガ』(2000年〜2001年放映)をつくるときに、たまたまその場所にいた。
スーパー戦隊は46年にわたって途切れずに続いていますけど、90年代後半の仮面ライダーってちょっとカビ臭いものだったのでね。それが今や、すっかりメインストリームのようなツラをしている……。

※1 Vシネマ:劇場公開を前提としないレンタルビデオ専用の映画のこと。80年代後半〜90年代前半にかけて日本のドラマやアニメなどの映像作品では、テレビ放映や劇場公開せずにビデオとして発売する、という流れがあった。

『仮面ライダークウガ』(画像は東映ビデオオフィシャルサイトより)

昔を知ってる身としては、そう思うわけですね(笑)。
私は白倉の1年後に入社したんですが、それこそ最初に一緒にやったのは、『超光戦士シャンゼリオン』(1996年放映)でしたね。『シャンゼリオン』も、どちらかというとメインストリームな作品ではないかも。
私が平成ライダーに関わり始めたのは第2作の『仮面ライダーアギト』(2001年〜2002年放映)からなんですが、年の近い白倉に「やりたい」って言ったら呼んでくれることになって、そこから『仮面ライダー龍騎』(2002年〜2003年放映)、『仮面ライダー555(ファイズ)』(2003年〜2004年放映)と……。

『アギト』『龍騎』『555』といえば、まさに特撮ファンだけでなく、大人のドラマファンも巻き込んで「平成ライダー」が社会現象化していった時期の作品ですよね。白倉さんと武部さんはずっと組んで平成ライダーを作られてきた……?

バラ売りというか、毎回組むわけではなく別々の作品をやっていることもありますね。いま放送中の『機界戦隊ゼンカイジャー』では一緒にやっていて、コンビといったらあれだけど、組む方が多いですね。

『スーパーヒーロー戦記』撮影の舞台裏

ありがとうございます。平成ライダー「創業秘話」についてはのちほどじっくり伺えればと思いますが、まずは今回の『スーパーヒーロー戦記』に関して言うと、白倉さん・武部さんと福さんって、今回の作品で初めてお会いになったんですか?

いえ、私は10年前に『仮面ライダーオーズ/OOO』(2010年〜2011年放映)に出演いただいたときに、撮影現場にはいましたね。

そうなんです! 僕、6歳のときに『オーズ』の第10話「拳と実験と超バイク」で、主人公の火野映司(演:渡部秀)に助けられる少年役で出させてもらったんです。

鈴木福(すずき・ふく)
2004年6月17日生。東京都出身。特技は箏・けん玉、趣味は野球。2011年にテレビドラマ『マルモのおきて』に出演し人気を博し、以降、映画、テレビ、舞台、CMなど多岐にわたり活動を続けている。最近はニュースなどの情報番組やラジオ・ナレーションなど仕事の幅を広げ、自身のInstagramやYouTubeなどSNSも活用し情報を発信している。『スーパーヒーロー戦記』では物語のカギを握る「謎の少年」役を演じる。

当時から福さんはライダー好きで、出演も嬉しかったんですよね?

もう、めちゃくちゃ嬉しかったです! 決まった瞬間にワクワクしてて、現場にもカンドロイド(オーズのサポートメカの玩具)を持って行った思い出があります。Webの仮面ライダー図鑑にも、「火野映司に救われた少年・鈴木福」って載ってますからね。僕の最高の誇りです。

そんなに(笑)。

白倉さんはいかがですか?

私は今回の映画で初めてお会いしたんですよ。会ってすぐ福くんから、今年(2021年)の4月3日に行った仮面ライダー生誕50周年企画の発表会見を「見てました!」と言われて。

2023年に公開される『シン・仮面ライダー』の脚本・監督を庵野秀明さんが担当することも発表され、話題になった会見ですね。

私はその発表で喋ったんですが、「やべー」「恥ずかしいところを見られた」と。誰がどこで見てるかわかりゃしないから、悪いことはできねぇなと。

やっぱり福さんが大のライダーファンということは、スタッフの間でも知られていたんですか?

キャスティングのときにそういう話は出ていましたね。それでいざご出演いただいたら、撮影現場でいろんなスタッフから入れ代わり立ち代わり、「ねぇ、どのライダーが好きなの?」って100回ぐらい聞かれたんですよね。

決められないので、いつも答えに困っちゃいました(笑)。

今回の映画で福くんが演じる役どころって非常に難しいんですよ。演技力もそうなんですが、観客が納得するような説得力が必要になる。
でも福くんがライダーを好きだというのは、おそらく観客のみなさんはご存じだから、福くん以上の説得力を持ってこの役を演じられる人はいないなと。最初から福くんありきで企画したわけじゃないんだけれど、結果的には「あれ、今回の映画って福くんのための企画になってるんじゃないか?」って。

「福さんのためみたいな企画」とは一体……?

本当に嬉しいです。僕がもし仮面ライダー、スーパー戦隊のことを何も知らずに今回の『スーパーヒーロー戦記』の台本を読んだら「なるほど」って思うだけかもしれないけど、僕は読んだときに「ああ、そういうことなのか……!」と思えて。
そういう自分の思いみたいなものが、映画に出ていたらいいなとは思いました。田﨑竜太監督にも「自分が好きだからこそ、セリフを理解して言えるよね」と言ってもらえたんですけど、セリフを言うときには全ライダーや戦隊のイメージ、すべてを思い浮かべて、愛を持ってこの作品に取り組めたのかなって。

ほんと、巡り合わせなんですよね。

今回の映画のお題は「仮面ライダー50周年、スーパー戦隊45作」で、それを映画にしようとしているんです。当然、現行番組のセイバーとゼンカイジャーは出てくるんだけど、彼らはあくまでも自分の作品しか背負えない。
そこに一人、「50周年だ」「45作だ」というのを、福くんという俳優が一人で全歴史を背負って……もらわないといけなかった。

(笑)

僕の役「謎の少年」は、お客さんからしたら唯一身近な存在なんだと思います。今までもカギを握る少年少女のキャラクターはたくさん出てきたと思いますけど、今回のような「キャラクターじゃないけどキャラクター」という役って、なかったんじゃないかなって。

白倉さん曰く、福さんの役は「一人で全歴史を背負う役」だそうです。

『ドラえもん』なんかがわかりやすいけど、異世界から未来人、宇宙人、妖精、お姫様が来る、つまり「闖入者として異物が放り込まれる」ということはあるんだけど、今回の映画はその逆パターンだから。あ、これ以上言うと内容に踏み込んじゃうかな(笑)。

撮影中は福くんのおかげで、現場がずっと楽しい雰囲気だったんですよ。

白倉さん、武部さんはじめプロデューサーのみなさんもそうですけど、現場のカメラマンさん、監督、スタッフさんがた、照明さんも音声さんも、助監督さんも、メイクさんも、俳優さんも、この作品に対して全力で愛を注いでいて、「ああ、やっぱりこうやって作ってるから、僕も好きになってるんだな」と、改めて感じました。

すごく一体感がある現場だったんですね。やっぱりライダー作品の撮影現場は、毎回それくらいの一体感があったりするんでしょうか。

実は、そんなことはないんですよ。

うん、そんなことはないですね。

そんなことはないんですか(笑)。

今回はむしろスタッフの側が、福くんからこれだけ「好き」と言われて嬉しかったり、誇りを持つというか、より「頑張らなきゃ」と、改めて思い出したところはあったかもしれません。
私もそうなんですけど、特撮が好きだといっても、「昔は『好き』だったけど、今は仕事……」となっているから(笑)。

(笑)

福くんみたいな若い人にそれだけ言ってもらえると「この子(歴代の仮面ライダー、戦隊ヒーロー)たち、そういうふうに愛してもらってたんだな」ということに気づいたり。今回の撮影は、福くんたった一人で全体が変わるっていう、不思議な体験でしたね。

「幸せな現場だった」と撮影時を振り返る武部さん。

鈴木福のすべて!? 仮面ライダーにハマったきっかけ

この流れで福さんに聞きたいのですが、仮面ライダーを好きになったきっかけはどんなことだったんですか? 今の10代に、仮面ライダーがどういうふうに受容されているのかなと。

もともとスーパー戦隊を先に見始めていたんですけど、2、3歳の頃からバイクがすごく好きで、父から「仮面ライダーはバイクに乗るんだよ」というのを教えてもらって、それがきっかけで『仮面ライダー電王』(2007〜2008年放映)から見始めたんです。

『仮面ライダー電王』(画像は東映ビデオオフィシャルサイトより)

フフ(笑)。

ここ、笑うところね(笑)。

『電王』は電車のライダーなので……。一応、電車のなかでバイクも乗るけど。まあ、その前から『龍騎』とかでも、あんまりバイクに乗ってないんですけど。

『龍騎』の主人公・城戸真司(演:須賀貴匡)はいわゆるライダー的なカッコいいバイクではなく原付で移動してましたし、『電王』に至っては放映当時は「ライダーなのに電車じゃん」と話題になっていましたね。しかも『電王』の主人公・野上良太郎(演:佐藤健)の現実世界での主な移動手段は自転車だった……。

バイク好きだった福くんの最初のライダー体験が『電王』というのは、ちょっと申し訳ないことしたなと……。

(華麗にスルーしつつ)それで、すごいワクワクして楽しかった思いがあって、そこからずっと見続けてます。一番最初のきっかけはバイクもそうなんですけど、「戦う」っていうことに対してカッコいいなと思っていて。

男の子が好きなカッコよさですよね。

あと、変身ベルトやフィギュアで遊ぶ楽しさもありました。「プレミアムバンダイ」という、ものすごく素晴らしい通販サイトがあり……。

「予約をしないと買えない」「受注生産」も多い通販サイトですよね(笑)。

価格帯も、なかなかにしっかりした通販サイトですよね。

いやいや、でも買えないなりに見たりして楽しんでたんです(笑)。
年齢が上がっても、年相応にいろんな見方ができて、好きになれるポイントがたくさんあるなって思うようになりました。もちろん同級生とかで、ライダーを卒業した子たちもたくさんいましたし、「僕もそろそろ卒業しなきゃいけないのかな」と感じたりはしたんですけど、でも僕は好きだし「見ない」という選択肢はなかった。周りには今も仮面ライダー好きで、話せる友達もいますし。
あとは、僕にとってはライダーは夢であり目標、というのもあります。「仮面ライダーになる」っていう目標を、2、3歳の頃から言っているんです。

なりたいっていうのは、「本当に仮面ライダーになりたい」から始まったと思うんですけど、今のなりたいっていうのは「演じてみたい」ということですよね。今はどの作品も、ライダーに変身できる役は、脇役や悪役を含めていますけど。

仮面ライダーに変身する役であれば、ぜひやりたいです。僕としては、2号ライダー的なポジションがすごい好きだったりもするので……。

「自分じゃないものになる」って、たしかに面白いですよね。でも、世の中にはアニメとかゲームとかいっぱいあると思うんですけど、3歳から一度もぶれていないんですね。

そうですね、3、4歳のときの夢は仮面ライダー、小1のときの夢は仮面ライダー、小学校低学年・中学年のときの夢は仮面ライダーのアクション俳優になりたいと言っていました。今も、仮面ライダーを通過する中で俳優になりたいんです。僕のすべてですね。

……それで大丈夫なんだろうか!?

(笑)

夢を10年間、言い続けること

福さんはYouTubeでアクションにかなり本格的に挑戦していましたよね。しかも普通に結構上手くて驚いたんです。企画も「仮面ライダーを目指して」ということでしたね。

はい、この前、挑戦させてもらいました。周りの方々がすごく協力してくれていて。いろんなことを吸収するためにやってるんです。

福くんはアクションも習ってるの?

「習っている」と言えるかどうかわからないですけど……。空手のような近いところもあわせて、少しだけ挑戦してみています。

お二人って福さんがそれほどまでにライダー好きなことはご存じでしたか?

いや、最初は全然存じ上げなかったんですが、衣装合わせのときに話を聞いて「あ、これはガチだな」と。

(笑)

いろんなところで「仮面ライダーになりたい」という話だったり、僕が勝手に作った「仮面ライダーピザ」というライダーの話をしたりと、仮面ライダーの普及活動をずっとしてたんです(笑)。
それでテレビや雑誌の企画にも呼んでもらえたり、45周年記念のときにはコメントも出させていただいて。そのときに、50周年のときはどんな役でも出たい、仮面ライダーにいつかはなりたいっていう話をしてて、そのうち1個はもう叶えさせてもらっちゃいました。

「今回の映画で1つ夢を叶えることができた」と語る福さん。

そうですよね。「どんなことでも10年やり続ければ叶う」っていうのも聞いたことがあるので、もう10年を超えているから。

言い続けたりとか、思い続けるのは大事だなっていうのは、今回改めて思いました。
テアトルアカデミーだと中学受験で辞めちゃう子とか、途中で諦めちゃったりする子は多いと思うんです。
僕自身も「仮面ライダー出れるのかな、なれるのかな」って思うときもあったんですが、ちょっとでも希望を持ってやり続けたら、こうやって大好きな現場に入らせてもらえて。

俳優さんはみんなそうだと思うんですけど、役とのめぐりあいというか、どういうご縁でいきなりガッと合致するかはわからないですもんね。

めぐりあいって非常に不思議なもので、今は福くんの方から「出たい」って言っていただけてるけれど、今回の映画はその前に企画があって台本があって「これを演じられる人はどうしても福くんでなければならない」ってことで、こちらからお願いしたんです。
たまたま双方のベクトルが合致して実現したわけですけど、でもそれは鈴木福という俳優が常に自分を鍛え続けてきてくれたから。だから「続ける」というのは、本当に大事なことですよね。

ドラマとしての平成仮面ライダー

今日はせっかく白倉さん、武部さんに取材させていただいているので、ドラマとしての仮面ライダーについても掘り下げてみたいなと思っていて。福さんは成長するにつれて、だんだん仮面ライダーの「ドラマ性」に注目して見るようになったわけですよね。

今の『仮面ライダーセイバー』もそうですし、そもそも最初の『クウガ』の頃から、仮面ライダーって結構難しいお話ですよね。
小さい頃は「戦う」「バイクに乗る」「電車が走る」がカッコいいと思っていたけど、大きくなってもう一回見返すと、自分が気づかなかった部分に気づく。
『電王』なら「記憶」や「時間」がテーマになっていたりとか、出てくるキャラクター1人ひとりの個性も、それぞれ深いものがあって……。そういう面白さに気づいたから、成長してもライダーが好きなんです。

それこそ白倉さん・武部さんは平成ライダー初期から、ドラマ性の高い作品をずっと作ってこられていましたよね。平成ライダーってたしかに、プロットの要約がめちゃめちゃ難しい。

『アギト』は構造がミステリーですよね。

扱ってる内容が実はすさまじく抽象的だし、それこそ白倉さんの本(『ヒーローと正義』)でも書かれていますが、さまざまな学術的な話も踏まえて、いろんなテーマを超えて作っていますよね。そういった方向性を、なぜ子ども向け番組であるライダーでやろうと思ったんですか?

白倉伸一郎『ヒーローと正義』寺子屋新書、2004年(画像はAmazonより)

時代によってスタンスが違うと思うんですけど、平成ライダー初期の頃は「新しい仮面ライダーを作ろう」ではなくて、新しいテレビドラマの作り方を構築したかったんです。
というのも特撮番組って、ゴールデンタイムのドラマと比べると縛りが緩いんですよ。「キャストはこの人で」とかがいろんな事情で降ってくるわけでもなく、オーディションで俳優を選ぶことができる。物語レベルでも、キャスティングありきだと「この二人は必ず恋愛に陥らなければいけない」とかそういうことを考えないといけないですが、特撮はそういうこともない。縛りとしては、「怪人が出てきて、ライダーがそれをカッコよくやっつける」というぐらいしかないから、それまでのドラマの常識に囚われない作り方ができるんです。

平成ライダー「創業」時を振り返る白倉さん。

そんな平成ライダー初期に目指していたのは「群像劇をテレビドラマでやる」ということでした。
90年代までの日本のドラマは、主人公として一人のスターを立てる作り方が主流で、複数のキャラクターが同時並行でドラマを織りなすものがなかったんです。アメリカではあったんですけどね。
それを「仮面ライダーならできるでしょ」ということで試していた。現代だと『コード・ブルー -ドクターヘリ緊急救命-』(2008年〜放映/フジテレビ系列)なんかもそうだし、群像劇が増えてきて、もうその役割は終えたかなと。

ちょうどアメリカで群像劇ドラマが増えたときにテレビ朝日の梶淳プロデューサーが「これはライダーのマネだ!」って言ってたぐらいだから。

それは違うような気がするけどね(笑)。

アメリカのドラマで群像劇というと、90年代前半なら『ツイン・ピークス』とかですよね。でもそのやり方がすごく普及したのは、『LOST』や『プリズン・ブレイク』などの2000年代半ば以降だから、平成ライダーシリーズ初期の傑作と言われる『アギト』『龍騎』『555』のほうが少し前ですよね。

あとは、各回の終盤で「次はどうなるんだ?」っていう終わり方をするという作り方も、ライダーでは入れていましたね。

いわゆる「クリフハンガー」という作劇手法ですね。

そう、だから初期の平成ライダーは「群像劇」と「謎の引っ張り」を、強力にやっていこうとしていた。
もちろん「仮面ライダーとして」ってことを考えはしたんですけど、平成ライダー初期は仮面ライダー「シリーズ」っていう感覚が今ほど強くはないので。

そもそも、こうやって毎年続くとも思ってなかった(笑)。

誰も「これは続けるんだ」なんて言ってなかったからね。
だから「せっかく仮面ライダーっていう題材がある今のうちに、テレビドラマを変えよう」っていう意識だったんですよね。

『アギト』『龍騎』『555』あたりは、いわゆる文化的に「早い」「とがった」人たちが最初に話題にしていたイメージです。

その感じは、『仮面ライダーディケイド』(2009年放映)くらいまでうっすら引っ張ってるところはあるよね。『ディケイド』の頃はもう慣れたってこともあるけど。

「次のライダーは何がモチーフ?」というのが話題になるようになったのは、『仮面ライダーW(ダブル)』(2009年〜2010年放映)以降かもしれませんね。

そう。ディケイドの頃までは、とにかく「アメリカにも負けないし、日本のどのゴールデン帯のドラマにも負けないドラマづくりをしていこう」ってことを意識していたんですよ。

平成仮面ライダー誕生前夜は「日の当たらないことをやってきた」!?

もう少しだけさかのぼって、ライダー以前のお話を少し詳しく伺ってもよいでしょうか。
白倉さんは冒頭で、「ライダー以前はメインストリーム以外の流れをつくる仕事をしていた」とおっしゃっていましたよね。

そうですね。『鳥人戦隊ジェットマン』と『真・仮面ライダー 序章』をやって、そのあとは『恐竜戦隊ジュウレンジャー』(1992〜1993年放映)、『五星戦隊ダイレンジャー』(1993〜1994年放映) 、それから『人造人間ハカイダー』(1995年)という映画をやって。

『人造人間ハカイダー』(画像は東映ビデオオフィシャルサイトより)

平成ライダーシリーズの初期といえば、白倉さんと、脚本の井上敏樹さんとのコンビも特撮ファンにはよく知られていると思います。
ライダー以前に井上敏樹さんと組み始めたのは1991年の『ジェットマン』からですか?

最初は『ジェットマン』に私が途中からアシスタントとして入って、そのときのメインライターが井上敏樹さんでした。当時は井上さんが大先生――といってもまだ30代でしたが――で、私が新米ペーペーみたいな間柄でしかなかったんですけど、その後に『ハカイダー』でもう一回ご一緒して、さらに1996年の『超光戦士シャンゼリオン』でも組んだ。

『超光戦士シャンゼリオン』(画像は東映ビデオオフィシャルサイトより)

私も『シャンゼリオン』のタイミングで、初めて白倉と組んでやりましたね。

そう、『シャンゼリオン』は武部との初コンビでもある。
やっぱり『シャンゼリオン』は決定的だったんですよね。そのときなんで井上先生をお呼びしたのかというと、実はこれってもともと『ハカイダー』のテレビシリーズをつくろうという企画だったんです。赤青黄色も加えた4人のハカイダーが出てくる戦隊テイストを入れたものにしようとしていたのが、「せっかくだからオリジナルヒーローを作ろう」っていう話にすり替わっていった。

『シャンゼリオン』ってそうなんだ! 私は全然知らなかった(笑)。そして、『シャンゼリオン』もメインストリームな作品じゃないですね。

私は「ザ・平成ライダーの人」みたいに言われることがあるんですけど、本当はもっと日の当たらないもの、ラジオドラマですらない、電話かけると聞けるミニドラマみたいなものの仕事とかをいっぱいやってたりしたんです。
『シャンゼリオン』では、井上先生と徹夜で一緒にストーリーを組み立てていったりした経験から、互いの信頼関係もできてきて……というよりは、こちらが一方的に井上さんから学ぶところが大きかったかな(笑)。
この人は物語というのもをこうやって組み立てていくんだ」ってことを目の当たりにすることができて。それは、自分にはそれまでなかった発想だったんです。

年齢も近いですよね?

年齢は6つ上ですね。井上さんから学んだことは、後のもうちょっとメジャーな作品にも生かされていたりしています。そういうことが積み重なって今に至ってるっていう気はします。

井上さんはすごく博識というか、お家に行くとさまざまな文学や古典の本がたくさんあって。

哲学とかが好きなんですよね。
あと、すごく料理がお上手なんです。「中国料理体系」みたいな、百科事典がバーッて置いてあって、たとえば中国の明朝時代の料理の作り方とかを体系的に学び、どういう経緯で今の作り方に至ったのか、そもそもどういう料理だったのかを深堀りしたうえで、じゃあなぜこの方法をやめてしまったのかも実際に試したりとか……。料理研究家でも絶対に手を出さないであろう領域まで掘っていく。

ベースが本物の方って感じがするんですよね。一見すると井上さんの書いたものは、楽しい台本に見えるのかもしれないけど……。

そう、ぱっと見では書き殴っているように受け取る人もいるけれど、本当にいろんなことを考え抜いたうえでのものなんです。
見えているのは氷山の一角でしかなく、その背景にあるインプットは1万倍ある。ものすごい熟慮に熟慮を重ねて、すべての可能性を考えた上で、網の目のようにすべてが考え抜かれてるんです。

井上さんの本は、直さないか、全部変えるかしかない。直したらあとの伏線とかが変わってきてしまうから、セリフにしろ語尾にしろ安易に変えられないんですよね。

なるほど……「本物がベースにある」というのは、制作側でも演じる側であっても、しっかり見ていきたいところですね。

 ……というわけで今回は前後編ということで、クリフハンガー形式で次回に続きます。

 さて次回は、「若手俳優の登竜門」となっていった平成ライダー初期のこと、ライダーのオーディションでプロデューサーは何を見ているか、特撮制作の現在、『ゼンカイジャー』『スーパーヒーロー戦記』のお話など、盛り沢山で来週公開予定です。お楽しみに!

(取材・編集:テアトルロード編集部/構成:中野慧/撮影:荒川潤)

▼2021年7月27日公開の後編はこちらへ
白倉伸一郎・武部直美と鈴木福が語る平成仮面ライダー「創業秘話」(2) ゼロ年代の「若手俳優の登竜門」化、そして『ゼンカイジャー』へ