総合芸能学院テアトルアカデミーに入学したら、どんな講義が受けられるの?
そんな疑問にお答えするべく、この「テアトルロード」では、テアトルアカデミーが擁する一流講師陣の方々をお招きしてお話をうかがう講義連載をやっています。
「ダンス」「演技」「歌唱」「YouTube」など様々な表現ジャンルがあるなかで、「歌唱」を担当する亀田増美先生に、「課題曲:紅蓮華 真の“歌ウマ”になる歌唱講座」と題して、「歌」に対する基本的な考え方や練習方法を伺っています。
初回は「魅力的な声とは?」、第2回は「音痴を直すには?」、第3回は「高い声で歌うには?」をテーマに、お話を伺ってきました。
【第1回】みんな大好き『紅蓮華』を歌いこなしたい!そのために、まず最初にチャレンジすべきことって?
【第2回】音痴を直すには「歌う」よりも「聞く」練習がだいじ!? 歌唱指導の亀田増美先生に「歌ウマ」になる第一歩を教えてもらいました
【第3回】LiSAさんみたいに高い声で歌えるようになるには?「ハイトーンボイス」の基礎知識と練習法
今回のテーマは、小学校高学年〜中学生の子どもたちが迎える「変声期」。声変わり前は高い声で歌えたのに、最近はだんだんうまく歌えなくなってきた……そんなとき、どういうふうに乗り越えていけばいいのかを伺っていきます。
※記事の内容は公開時点のものです
亀田増美(かめだ・ますみ)
大阪府出身。大阪芸術大学演奏学科声楽専攻卒業。
幼少の頃より童謡を歌い始め、小学生からは児童合唱団に所属し、音楽コンクールで入賞、ラジオ番組にも出演。大学在学中にオペラで初舞台を踏む。 卒業後は多数のオペラ作品にソリストとして出演しつつ、童謡や日本歌曲など日本語曲の歌唱でも好評を得、ミュージカルにも進出。後進の指導にも携わり、「テレビ朝日主催 寛仁親王杯 全国子どもの歌コンクール」銀賞受賞者、その他にも多数のミュージカル出演者を出すなど、子どもの歌唱指導に定評がある。 「歌をうたう事は演じること、歌詞はセリフである!」をモットーに、現役を続けながら指導に当たっている。
知ってるようで知らない、変声期のお話
テアトルに通っている在籍生は、変声期がまだの人も多いと思います。歌を習うときに、声変わりって悩みのタネだと思うんですよね。
そもそも変声期といえば男性にしかないと思っている人も多いと思いますが、実は女性にもあるんですよ。
えっ、そうなんですか!?
喉仏って軟骨でできているんですが、思春期に男性ホルモンが活発化してくると、だんだん喉仏がずれて前に出てくるんです。中には出てこない人もいますけど。男性の場合はたいてい首元を手で触るとわかるし、見た目でも大きく突起している形をしている。女性の場合は、奥まったところにあるのでちょっとわかりにくいんですよね。
4~6年生ぐらいの男子が交ざっているクラスを見ていると、徐々に雰囲気が変わってくる男子たちがいます。横から見ると喉仏が出てきたり、産毛が濃くなってくる。で、しばらくすると「先生、高い声が出なくなりました」と相談しにくるんです。
おお、なるほど。
女子の場合は、女性ホルモンが出てきてスタイルが変わってくる。そうすると途端に声が女っぽくなるんですね。これは男子も女子も同じなんですけど、「風邪をひいたときみたいな声になるんです」と相談に来ます。「まずは病気だと大変だから」と受診を勧めて、病気ではない場合は「身長が伸びるように声帯も大人に向かって成長しているんだね」と説明します。
男女の変声期って、どういう違いがあるんでしょう?
女の子の変声期は、個人差はあるけれど、小学5年生〜中学2年生くらいから始まって、次は高校に入りたての15歳、16歳ぐらいにもう1段階変わって、ちょっと声が落ち着いて、子どもというよりも「女っぽい」感じの声になります。そこからは本当に差があって、次は25歳、26歳の節目くらいにあるんですよ。
女性は3回もあるんですね。そして最初の変声期では、男女ともに高い声が出にくくなる……ってことですか?
「高い声が出なくなる」というより、今までが「子ども」の甲高い声しか出なかったのが、高い声と低い声が両方出るようになるので、どっちで歌っていいかわからなくなるんです。そのときに、まずは「自分の声が低くなること」を認められるようになることが大事です。
それは、どういうことなんでしょう……?
やっぱりね、本人は今までみたいに歌えなくなったことにショックを受けてしまうんです。ご両親が「歌えなくなって落ち込んでしまった、クラスを変更したほうがいいのでしょうか?」なんて相談に来ることもあって。
だから私は、「低い声になったのは素敵な大人の声になるための準備だから、いま低い声が出ているということは、いいことなんですよ」ということを、本人にも保護者にも伝えるようにしています。
「低い声も出るようになった」というとき、歌い方も変えないといけないってことですよね。
ええ、「今までのあなたは、ちびっこの声のまま高いところを歌ってたんだけど、声のベースが変わったから、ベースを変えてからの裏声というのを考えてね」と必ずお話しします。
なるほど、ベースを下がったことをきちんと自覚して、そこからもう一度上げるようなイメージですね。
そうですね。ただ、こういうことって学校の音楽の先生でもきちんと子どもに説明している人は多くないと思います。男の先生から「いや、俺もそうだったよ」って言われたら「ああ、そうなんだ」と思って受け入れられるかもしれないですが、女性の先生の場合、なかなか伝えづらい部分はあるかもしれません。以前の私もそうでしたが、今はそういう子どもの不安をしっかりとケアするようにしています。
変声期を乗り越えるためのハミング講座
知らないことばかりです。では、変声期を乗り越えるにはどうしたらいいんでしょうか?
基本は裏声を使えるようになるしかないですね。私の場合は、歌詞のないハミングから始めています。
おお、まずハミングをやるんですね。
鼻の周囲の骨に「副鼻腔」という空洞があるんですけど、ハミングをするときには、そこを響かせることが大事になってくるんです。
声を出すとき、声帯そのものが鳴っていると思っている方も多いと思いますが、理科で習ったように、音というのは空気の振動によって伝わるんです。つまりアコースティックギターの胴の部分のように、響かせる場所をきちんと作らないと、響きのいい声にはならないんです。
なるほど、アコギはたしかに中が空洞になっていますね。その空間をしっかり使うことが大事なんですね。
あともうひとつ、気をつけたいことがあって。私は以前、ある海外の有名なボイストレーナーの方に習っていた時期があるんですが、そのときに「君たちの日本語って、私たち欧米人が聞くと、“ダーダーダーダーダー、ダーダーダーダーダー”って、低い声で一本調子喋っているように聞こえている」と指摘されたんです。欧米の人たちって映画を見ていてもわかるように、「Oh!」だとか「Ah!」ってよく言いますよね。ほら、ここでもう裏声を使ってるんですね。
そう言われればたしかに! 日本語では「アオ!」とか言わないですもんね(笑)。
欧米人は、生まれたときから裏声というものが絶対に存在していると。日本語にはそれがない。日本人って驚くときに「あっ!」や「うっ!」と引くんです。それは言語学上の理由だと習いました。日本語は母音が5つしかないんですね。でも外国語は、たとえば英語だけでも……。
「ア」と「エ」の間の発音とか、いろいろありますよね。
そう、母音の種類が多いですよね。発音するときに、響かせるところが全部違うんです。それを自在に使って小さいときからスピーキングをしていると、おのずとその発音をするために響かせる方法を身につけているんです。
第3回でも「日本語にはハイトーンがほとんどない」という話が出てきました。やはり使っている言語の違いで差が出てくるものなんですね。
だから、その先生からは「まず言語学的な問題で日本人は不利だから、まずハミングで鼻を鳴らせる部分をつかめ」と教わりました。で、さらに、「日本人はハミングをするとき、口をあまり動かしてないように見えるから、口を動かすようにしなさい」」と言われました。ちょうどそのあたりお話を、動画でやってみましょうか。
はい、お願いします!
私は毎日毎日、たとえば駅で地下鉄を待っている間にも、誰にも聞こえないくらいの鼻息が出て、ここ(鼻)を「フーッ」と鳴らせる場所を確認するだけの練習を続けて、3か月かけてハミングを習得したんですよ。
周りに誰もいない、またはハミングしてもほとんど聞こえないようなシチュエーションを見つけて、そこでハミングを練習されていたんですね。
やっぱり私たちがいま歌うのって西洋音楽、つまり、よその国のものなのでね、私たちの体に合っているかと言われたら合ってはいなくて。中国語も韓国語も他の国には母音が複数あるけれど、母音がこんなに少ないのは日本語くらいなんです。ちょっとしたスキマ時間を使って、コツをつかんでみるのがいいと思いますよ。
J-POPも演歌も「高い声神話」を信じてる?
これは私の主観というか、最近生徒を教えていて感じることなんですが、「現代の人気J-POPを歌いこなせること=歌がうまい」という風潮がある気がするんですね。おそらくご両親が、そういう評価をされていると思うんですけど。
たしかに最近は、男性でも高音ボーカルのアーティストが人気です。
変声期の前の時期は、男の子だったら高い声なんて簡単に出るんですよ。そのときに「あなたは歌がうまい」と周囲から褒められてしまうと、高い音で歌っている自分が合格で、少し声が低いと「自分はダメなんだ」と思い込んでしまったりします。
なるほど、それはすごくありそうですね。
とある作品で生徒のパート分けをしたときに、一番重要なパートを一番歌の上手な子にやってもらうことにしたんです。
で、そのパートがそんなに高い音の箇所ではなかったんですけど、それを見たお母さんが「この子は高い声が出ないなら、見込みがないってことなんですかね……」と落ち込んでしまったことがあります。
私としては、その子が歌が上手いからこそ、そのパートを任せようという意図だったんですけど。「一般的にはそう思うんだ!」と驚きました。
「高いパートじゃない」「じゃあ、うちの子はダメなんだ」という気持ちになってしまうんですね。今日の亀田先生のお話を伺っていないと、たしかにそう思ってしまうかもしれません。
もちろん、高い音を出すのも大事な技術ですよ。だけど「低い音を鳴らす」というのも、とっても大事な技術なんです。「男性の声の艶」と、「女性の声の艶」は、私は異質なものだと思っていて。異質なものが重なることで生まれるものがあるからこそ、男女のデュエットや合唱が面白い、ということもたしかにあります。でも、今はどうしても、男の子も女の子も「高い声、高い声」と言っていて。
本当は「歌を歌う」ということにはいろんな幅があっていいはずなのに、みんながひとつのゴールを目指してしまっているんですね。
私は「高い声神話」と呼んでいます。高音・裏声を駆使しているものが流行って、そうしたら次に出るものもそうなっていって、結局全部が高い鳴りのものばかりになっているんですね。
それはそれですばらしいことでもありつつ、高い声だけにこだわらずに、もしかしたら低い声を構築していくことだって、面白いかもしれないわけですから。
でも、いったん「こうなんだ」と思い込んでしまうと、その考え方から脱け出すのも難しいですよね。
だから、子どもだけでなく保護者の前でも、そういうことをお話しするようになりました。
私がいくら力説しても、子供は母親や父親に認められたいからここで頑張っているので。先生に認められるよりも、お母さんに「すごいね」と言われる方が、ずっといいわけですよ。だから、サポートしてくれているご父兄にも、同じ知識を持っていただくほうがいいな、と思っているんです。
「成人男性による低い声の素敵な歌」が、今は思い浮かばなくなっているのでしょうか。
そうだと思います。最近「誰か低い、いい声の人いないかな」と思って、EXILEのATSUSHIを聴いたら、ATSUSHIも声が少し高いんですね。
演歌歌手の方でも、たとえば北島三郎さんなんかはすごく男声なんですけど、最近は低い声の演歌歌手がほぼいないんです。
たとえば氷川きよしさんは、「低い声」ではないんでしょうか?
氷川きよし君も、かなり高いですよ。今はポップスが高い鳴りのものが多くなっているので、それに引っ張られてオールジャンルで高くなっているのかもしれませんね。
このあいだの年末に『レコード大賞』、『紅白歌合戦』などの音楽番組を立て続けに2~3時間観ていて、「ああ、今の子たちは、高い音の曲しか聴いていないんだ」ということに気付きました。
演歌もJ-POPの流行の影響を受けている、というのは面白いですね。
声のレンジを広げることで、ヒゲダンもうまく歌えるようになる!?
最近は「地声ってなんですか?」って聞かれることも多いんですよ。自分で素直に出してみた声が裏声なんだけれども、それが裏声であることに気付いていなかったりします。だからそういうときは、「あなたの今の声は裏声ですよ」と気付かせることから始まります。
そこに気付いてもらうのって、難しそうですよね。亀田先生はどうされているんでしょう?
男の子の場合、たとえばピアノを使って、まず高いキーを歌ってもらうと、意気揚々と出すわけですよ。そこからだんだん音程を下げていって、止まるかなと思った低いところで止まらずに、「はい、そのまま」と言って続けてもらうと、子どもは素直なので、出そうとすると鳴るんです。要はカマかけているだけなんですけど(笑)。
なるほど(笑)。
で、低い声が出てきたら「ほーら出た。それ地声」と言うと、キョトンとしているんですけど、そこで「今までと違う低い声で歌った」という認識がやっと持てるんです。
「あなた男子になりたい? 女子になりたい?」「どっちでもいいの。先生はどっちでもいいのよ」「今の時代、自由だから」って言うと、余計に頑張ってくれたりとかしますね。
男の子っぽい男の子だったら、「俺は出るぜ」というふうになって、頑張って出そうとしてしまいそうですね(笑)。
でも、そういうふうにやってみると、自分の声のレンジが広がる実感が持てるんですよ。たとえばOfficial髭男dismの藤原聡君は、高い声と低い声、両方を使っているんですね。
でも、いま言ったような知識がないと、子どもは全部裏声で歌おうとしてしまう。そうではなく、低い声も使えるようになってはじめてヒゲダンを歌ってみると、「歌える」ようになる。そのときに「そうよ。これが完成した状態よね」と言って認めてあげると、低い声の意義もわかってくれるようになるんですね。
流行りの曲をちゃんと歌えたら、「先生の言っていることはこういうことだったんだ!」と理解できそうですね。
達成感を味わってもらうんです。自分で気付いていないことでも、私のような教える側の人間に「そうよ、それそれ」って言われると、「ああ、そうなんだ」と理解できるようになる。そうやって段階を踏んで理解してもらうことが、大事だったりするんですね。
というわけで今回は、「変声期の乗り越え方」「ハミングの重要性」について、亀田先生にお話を伺ってきました。高い声だけでなく低い声も使いこなせるようになると、表現の幅がどんどん広がっていきそうですね。
さて次回は、「表情筋」のお話を伺います。顔の筋肉をうまく使うことで、もっと声を響かせて歌えるようになるそうです。といったあたりで、次回もお楽しみに!
文・取材・編集=テアトルロード編集部/撮影=荒川潤