芸能界を目指すのに早い・遅いは関係ない?働きながら芸能の世界に足を踏み出した二人の男性の物語

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 総合芸能学院テアトルアカデミーというと、「芸能界を目指すたくさんの若者・子どもが学ぶ場」……というイメージをお持ちの方も、少なくないかもしれません。

 でも実は、40歳以上の男女を対象とした「シニア部門」のコースもあるんです!

 そこで今回、テアトルロード編集部は、そのシニア部門に在籍し芸能の世界で活躍中の岩﨑泰次郎(いわさき・たいじろう)さん山口佳孝(やまぐち・よしたか)さんのお二人にお話を伺ってきました。

 お二人ともテアトルに入学する前はバリバリと働いていらっしゃったそうですが、現在はそのお仕事と並行して芸能活動にも邁進されているとのこと。

 50歳を過ぎてから芸能の世界に足を踏み入れたというお二人に、テアトルに飛び込んだきっかけや、芸能のお仕事を始めて感じた面白さ・難しさを語ってもらいました! ここ以外ではなかなか知ることのないエピソードが満載です。それでは、いってみましょう!

時代劇を中心に活躍されている岩﨑さん、CM・ドラマに出演中の山口さん

今回は、シニアクラスに在籍しているお二人に来ていただきました。お二人ともちょっと面白い経歴をお持ちだとのことですが、まずは自己紹介をお願いします。

テアトルアカデミーシニア部門に在籍の岩崎泰次郎さん

じゃあ、先輩の私から。

先輩なんですね(笑)。

はい(笑)。岩﨑泰次郎(いわさき・たいじろう)と申します。今年8月に62歳になります。実家は品川の大井町にある、明治の祖父の代から続く塗装店で、双子の兄がいま3代目を継いでいます。私自身、今も塗装店の仕事をしながら、俳優業をやらせてもらっています。

シニア部門に在籍の山口さん

山口佳孝(やまぐち・よしたか)と申します。55歳です。私も東京生まれ・東京育ちなんですが、岩﨑さんとは育った環境がだいぶ違って、普通のサラリーマン家庭で育った3人兄弟の長男です。大学を卒業してから20年ぐらい日本IBMという会社に勤めていました。そこを早期退職してファイナンシャルプランナーになって、いま9年ちょっとです。

なんと、日本IBMとは……! 大手企業のサラリーマンだった、ということですね。

はい。システムエンジニアとして入社して、プロジェクトマネージャー、人事などさまざまな仕事をしたのですが、20年もやっていると色々あるので。悩んだ結果、早期退職して第二の道に進むことにしました。

すごい思い切りだ。

そうですね(笑)。細かい話は追々、お話しさせてもらえると。

お二人とも、元々のお仕事と芸能を両立させながら活動してらっしゃるんですね。
ちなみに最近、芸能活動ではどんなお仕事をされましたか?

どういうわけか、ありがたいことにNHKの大河ドラマに呼ばれることが多くて、時代劇が多いですね。大河だと『花燃ゆ』、『西郷どん』、『麒麟がくる』に出演しました。他には『そろばん侍』、『絶対零度』、『仮面ライダー平成ジェネレーションズ FINAL ビルド&エグゼイドwithレジェンドライダー』などにも出させてもらっています。

私はテアトルに入ってからちょうど4年目になるんですけれども、ドラマのお仕事が多く、『特捜9』、『砂の器』、『仮面ライダーゼロワン』など……最近ではWOWOWの『華麗なる一族』などは何度も現場に行きました。ここにきてようやく少しずつですがキャスト案件のお仕事もいただけるようになり、『35歳の少女』の面接官役を演じました。

もともとサラリーマンだからなのか、CMやドラマで「大企業勤めの会社員」の役をやることが多いです。最近では『半沢直樹』で東京中央銀行の役員役をさせていただくことがありました。それを見た元同僚たちから「『半沢』出てた?」と連絡が来ましたね(笑)。

山口さんがそういう役に採用されるのは、やっぱり、リアルだからなんでしょうね(笑)。

実際に大企業サラリーマンを経験していますからね(笑)。あとは名刺の管理システム「Sansan」のCMにも2019年、2020年と出させてもらいました。

「大企業勤めのエリートサラリーマンや役員の役が多い」という山口さん。たしかに敏腕ビジネスマンのオーラが出ているかも?

岩﨑さんは演劇っ子だったけど……山口さんは「芝居が嫌で嫌で仕方なかった」

お二人は子ども時代はどうだったんでしょう? やはり芸能に親しまれていました?

僕は小学校のときから演劇に興味があって、仲間と一緒に演劇クラブをつくってました。でも中学では演劇部がなかったということもあり、そこから高校まで柔道をしていました。

岩﨑さんの子ども時代というと、時代的にも演劇部がある学校は少なかったんでしょうね。

そうですね。高校を卒業したら大学に行こうかなとなんとなく思っていたんですが、そのタイミングで親父がケガをしまして。「これは兄弟で協力してやっていかなきゃ店を続けることができない」ということで、家業に入ることになりました。

おじいさんの代から続いているのなら、継がなきゃいけない、というふうになりそうですね。

さまざまな奮闘の時代を経て、いまは芸能のお仕事をされているという岩﨑さん。

ですね。その反面、働きながらも「離れられるタイミングがあったら離れたい」という気持ちは、胸の奥のほうでずっとくすぶっていました。

本当に昔から演劇が好きだったんですね。私は岩﨑さんと本当に対照的で、昔は演じることが本当に嫌でした(笑)。

えっ! それは意外……。

最初に人前で演じたのは保育園のときのお遊戯会だったんですが、白虎隊の役をやらされて。トラウマになるくらい嫌だった思い出があります。恥ずかしがり屋だったんで、できれば演劇なんて避けて通りたい、とずっと思っていました。

「子どものときは、本当に演技が嫌だったんです……」と語る山口さん。

中学校のときも英語クラブで英語劇をやることになって。王様の役をさせられたんですよ。
すべて英語で、みんなの前で舞台に立ってやらされて、それも本当に嫌で嫌で

本当に嫌だったんですね(笑)。

もう降りたいっていうぐらいですからね(苦笑)。仕方なく先生に言われてやったっていう感じですね。

じゃあ演劇経験としてはあんまりポジティブなほうではなかったと。

そうですね。ただ、英語劇に関してはちゃんとセリフは間違わずに最後までちゃんと通せたっていうのは、自信にはなりましたね。

おぉ、それはすごい。演劇よりも英語が好きだったんですか。

英語は好きだったんでしょうけど、劇は嫌い。当然ながら全然、演劇に触れる機会もなく、学生生活を終えたら、そのあとは英語好きを活かして外資系企業に入って、それからは淡々とサラリーマン生活を送っていました。

社会に出て働いていた二人が、テアトルに応募したきっかけは?

山口さんが就職したIBMって、30年前から相当大きな企業でしたよね?

はい。バブルということもあって景気がよく、海外出張も結構ありました。私も入社2、3年目でいきなりビジネスクラスでアメリカに行かせてもらっちゃったりとか。

いやー、バブルだなぁ。

でも、それと同じくらいの時期に、会社がだんだん難しい時期に突入しまして……。

90年代は、そういう時期でしたよね。

サラリーマン時代の山口さんも、なかなかタフな時期をくぐり抜けられてきたようです。

そうですね。そこから早期退職の話もあり、退職金を原資にして、他の業界に進んでいった同僚も多かったですね。自分は当時、早期退職を選ばず残りました。

バブルの時期というと、僕は塗装業に打ち込んでいたけど、どんどんビルが立つ時代でしたね。考える間もなく、兄と二人でいろんな現場を回っていました。

「とにかく働いて!思いっきり使う!」みたいな時代ですよね。

本当にそうです。だから、バブルが崩壊したときに「あれは一体何だったの?」っていうことになっちゃうわけですよ。

燃え尽きちゃいますよね。

商売は順調だし、地元の御会式の会長なんかもやっていたけど、50歳を目の前にして、“岩﨑泰次郎”という名前を、世間の人は誰も知らないんだよな、とふと思ったんです。

「バブル崩壊以降、仕事は順調だったけれども、何か物足りなさを感じていた」という岩﨑さん。

家業を継いで地域にも貢献しているけど、どこか物足りない……という。

そんなとき、ある日新聞に載っていたテアトルの広告が目に入って……というかたちですね。

なんだかわかる気がします。私も「もう、このまま歳を取るのは嫌だな」と思って、ある日、IBMを退職したんです。

山口さんが、そう思ったきっかけはどんなことだったんですか?

雇用環境が変わるなかで、なんとなくこれからの自分の状況が見えてきてしまったんです。このまま会社にいても変化や成⾧はなさそうだし、「山口さん、ちょっと」と言われて嫌な思いをするぐらいなら、自分から辞めようかなと。
早期退職後は、お声をかけてくださった外資系生命保険会社に移り、その後は、複数の保険代理店を経て、現在も保険販売を中心にファイナンシャルプランナーとして活動しています。

独立しても十分やっていけるぐらい、ビジネスマンとして力をつけられたんですね。

そう言われるとちょっと照れくさいですが……(笑)。私の場合、個人事業主として保険営業をしているので、サラリーマンとは違い自由な働き方もOKなので、比較的スケジュール調整ができるんですよ。仕事と趣味だけではまだ時間が余っちゃって、もったいないなと思ってネットサーフィンしていたら、たまたまテアトルのサイトに辿り着いたんです。

でも、もともと山口さんは演じるのが好きじゃなかったのですよね。いつから演技に興味を持ち始めたんですか?

IBM時代に、同僚がフジテレビのファンクラブに入っていて、ボランティアでエキストラをやっているという話を小耳に挟んで。オフィスの真下が、ドラマの撮影現場によく使われていることを知って、下を覗いてみたんです。

職場の下でドラマ撮影をしているというのもすごいですね。

たくさんの人が集まって撮影をしていたんです。「ドラマを作るのって、こんなに大変なんだ。でも楽しそうだな」と興味を持ったので、同僚に「今度エキストラの募集があったら僕も誘ってよ」と、エキストラに参加したんです。

実際参加してみて、楽しかったですか?

通行人の役だったんですけど、楽しかったですね。それから、サラリーマンのかたわら、趣味でエキストラに参加するようになりました。でも、そのときは事務所に入って演技をすることまでは考えてなかったですね。

そして時は流れ……早期退職後に時間が余ったときに、その経験を思い出したんですね。

ええ、テアトルの広告を見たときに、その体験を思い出したんですよね。もともと私の性格は「石橋を叩いても渡らない」という超慎重派なんですが、そのときはピンときて、すぐ応募しちゃいました。

自分もそうです。新聞広告を見たときにピンと来て、パって申込締切日を見たら、もうあと何日もないんですよ。時間ないなと思って、もうその場でTシャツ1枚になって自分で写真も撮って応募した、という感じです。

社会人として経験を積み重ねたうえでパッと飛び込んでくるって、本当に何か感じるものがないとなかなかできないことですね。

テアトルのオーディション、周りが経験者ばかりだったのに……?

ちなみにテアトルに入る際のオーディションって、どういうものだったんですか?

「紙一枚のセリフを、感情を込めて言ってください」と。自分と同じように素人ばっかりが集まってると思ったら、「市民劇団でやっていました」とか、経験者ばかりで。「うわっ、俺なんか絶対無理だな」と思ったんですが、運良く受かりました(笑)。

僕も同じです。会場では「何でこんなところへ来ちゃったんだろう……?」って思いましたね。でも、せっかく与えられたチャンスなんで諦めたくはなかった。最後に「歌を歌ってください」と言われて不意を突かれたんですけど、ふだん家で『ルパン三世のテーマ』をよく歌っていたので、サビだけを歌って、なんとか乗り切りました(笑)。

「オーディションで突然歌を振られたので、『ルパン三世のテーマ』を歌って乗り切りました」と語る山口さん。

不意打ちだったんですね(笑)。で、お二人とも合格されて入学したんですね。

私は合格いただいたあと、実は入学するか、しないかで悩んでました(笑)。

慎重な性格っておっしゃってましたもんね。入学するにもそれなりに費用がかかりますし。

そうなんですよ。ぐるぐると思考を巡らせていたとき、「レッスンの無料見学もできますよ(※)」ということを教えてもらって、実際に行ってみたらかなり本格的で、衝撃を受けたんです。「これは大変だぞ……」と思ったんですが、テアトルのスタッフさんが、2時間ぐらい熱心に話を聞いてくださったんですね。そのときにすごく勇気をもらって、入学を決めました。

(※編集部注)この記事が公開された2021年4月30日現在、COVID-19の影響で一時的に、レッ スンの見学は中止しています。

スタッフさんの熱意が決め手だったんですね。

二人ともけっこう人生をかけて来てるから、しっかり聞いてもらえるとうれしいですよね。

ええ、そのときのことは、本当にありがたかったですね。

テアトルに入ってからは「大人なのに素朴に怒られる」経験をした

テアトルに入学してからは、どんな生活が始まったんでしょう?

クラス分けされて入ったクラスが、これまた経験者ばかりで(笑)。すごいところに来ちゃったなぁ、と思いました。レッスンで先生から言われたことも、うまく理解できないことが多くて。でも、レッスン仲間たちに声を掛けてお酒を飲みながら「先生が言ってたこれってどういう意味?」って聞いたりして、それで助けられたことが多かったですね。

社会人力を感じる!

僕は映画は好きでよく観ていたんですけど、演劇はそんなに観ていなかったんです。でも、単に観ているだけではわからないことも多いので、自分が演じるときに必要なことを一つひとつ理解していかないと、と思っていました。

入った当初のレッスンで印象的だったことは、何かありますか。

先生から、スタニスラフスキーの『俳優修業っていう本を、「これは僕のバイブルだから、君たちも読みなさい」って言われて。「これは大の大人が真剣にやるままごとだから、ちゃんと調べて真剣にやりなさい」、と。

ススタニスラフスキー『俳優修業』。画像はAmazonより。スタニスラフスキーはその名も「スタニスラフスキー・システム」という演技理論を確立したことで知られている。

スタニスラフスキーですか! かなり本格的ですね。山口さんはテアトルに入ってからはどうでしたか?

私は最初は、舞台の指導をされている篠本賢一先生に習いました。篠本先生からは「最低1年間は続けてね」と言われたので1年間続けて、2年目は映像演技の桑名湧先生に習いました。舞台と映像での演技は、先生方のあいだでも考え方に違いがあって、面白かったですね。
で、こんなこと言ったら怒られちゃうかもしれませんが、篠本先生は声が大きくてとにかく怖い(笑)。いつも怒られていましたね。

山口さんぐらいの年齢になってくると、素朴に怒られることってあまりないですよね。

ええ、人格が固まってきちゃってますからね。でも私の場合、テアトルに入る前のサラリーマン人生でも反抗しながら生きてきて、それでけっこう失敗していたので、その意味では「素直に聞く」ということは学んだかもしれないです。それで一段階成長できたかもしれないな、と。それはすごく大切だなって思いますね。

たしかに大人になってからだと「素朴に怒られる」という経験はなかなかできないかもしれません……!

それは私も気をつけていたところです。シニアクラスの方々の場合、いろんな立場でいろんなことを経験されてきているから、そのラベルを付けたままレッスンに臨もうとするんですよ。それを一回とっぱらわないとダメだと思うんですよね。僕の場合は、「僕が望んでここへ来てるわけだから先生は先生、先輩は先輩だ」と思っていましたね。

自分の場合もそうです。やっぱり高いお金を払って習ってるわけですし、集中して、すべて吸収してモノにしよう、という気構えで最初の2年間を臨んでいましたね。

でも、自分の求めていたものと違うと感じて、辞めていってしまう方もいるのではないですか?

ええ、理想とのギャップを感じて辞めていく方もいらいっしゃいますね。

私の考えでは、辞めていった方も、もう少し続けてみてもよかったんじゃないかな、とは思います。
やっぱり芸能の世界は甘くなくて、そう簡単にお仕事は貰えないんです。「すぐに仕事がもらえるはずだ」と思ったり、「仕事を辞めて、これ一本でやっていくんだ」と決めて入ってくると、そこのズレには苦しむとは思います。
私の場合はですけど、自分の生活の基盤をきちんと別の仕事で作っておくことが重要だと感じます。

そこは、若さと気合いで進んでもいい10代、20代とは違うやり方が必要なのかもしれないですね。

ええ。現場では年下の若者たちともときどき交流するんですが、やっぱりそういう年代のみなさんの悩みと、シニアクラスの在籍生の悩みはちょっと違いますね。

オーディションで落ちても「俺を選んだらキャストが霞んじゃうから!」という気持ちで

レッスンを受けて上達していくうちに、だんだんエキストラで出たり、オーディションにも行くようになるわけですよね。お二人は最初はどんな役でしたか?

最初は、病院で刑事さんが話を聞くっていうシーンで、僕は病院の駐車場の向こう側の歩道を松葉杖をつきながら歩く役でした。振り返ってもカメラなんてとても見えない位置で、「これ、俺、本当に必要なのかな?」って思いました(笑)。

一番最初は、主役の方が歩いているところを横切る「シャッター」というお仕事でした。でも最初ということもあって、「このタイミングで動く」とかそういうことも全然わからないで監督さんに怒られちゃったり(笑)。見てると簡単そうですけど、実際にやってみるのは難しい。

なるほど。山口さんはそれから、エキストラを多くやったんでしょうか?

スケジュールさえ空いていれば、時間が許す限りエキストラで行っていましたね。自分に合っていそうかいなさそうかは関係なく、とにかく現場に行って経験値を溜めることを考えていました。

でも、いろんな現場に行くと交通費も大変そうですよね?

もちろん、お金はかかりますよ。でも、とにかく経験をしたい! という気持ちで行っていました。

なるほど。オーディションはどうでした?

CMのオーディションにたくさん行きましたが、まぁ〜ほとんどお落とされるんですよ。で、最初は本当にくよくよしてました。「あーっ、またダメだった……」って、がっかりしてましたね。でも今は吹っ切れて、「たまたま監督さんとのイメージが合わなかっただけだから!」と思うようにしてます(笑)。

それは、本当に大事ですよね。僕もオーディションで落ちたときは「ああ、俺を選んだらキャストが霞んじゃうからな……」ぐらいに思うようにしていますね(笑)。

「オーディションで落ちたときは、『俺を選んだらキャストが霞んじゃうからしょうがないな!』ぐらいの気持ちで!」と語る岩﨑さん。

なるほど(笑)! 「なんでダメだったんだろう……」と悩むぐらいなら、そういうポジティブな心持ちでいることは、本当に大事なことかもしれませんね。

やっぱりね、オーディションで落ちてくよくよしちゃうと、暗い雰囲気が出ちゃうんですよ。次のオーディションでもそういう表情で行っちゃうと、どんどんうまくいかなくなる。
それがわかったから、私は「切り替えよう!」「もう終わったものはいいや!」と。大事だと思うのは、「自分はこういう役が合ってるんじゃないか」と自分から決めてかかっちゃうのではなく、やはり先方が選ぶわけですから、まずは拒まずに体当たりでチャレンジしようって気持ちかな、と。

では、初めて役付きで存在感のあるお仕事を受けたときはどうでしたか。

『駅弁刑事2』というドラマで、刑事の役が来たときですね。そのとき初めて楽屋をいただいて、「岩﨑泰次郎」と書いてあるのを見て、「おぉ……」となりました。でも逆に、「しっかりやらなければ」と、余計に気が引き締まりましたね。

私はローカル局で、部下の誕生日を祝う上司の役でした。セリフがあったのですごく緊張しましたが、楽しかったですね。何よりも印象に残っているのが、一緒に参加したテアトルの仲間たち――私よりはるかに若いですけれど――がみんないい子たちで、こんなおじさんに付き合ってくれて、本当にありがたいなと思いました。

テアトルの在籍生の子たちは現場で会ったらすごく礼儀正しいし、町の同じような年代の人たちとはちょっと違うかな、っていうのはありますね。

なるほど。実際に芸能の仕事が始まっていったとき、生活はどういうふうに変わりました?

普段の仕事が終わったあとの時間で、もらった台本を読んで全体的なイメージを掴むようにしていました。いくつか役のシミュレーションを作ってから現場に行って、実際に動いてみて、監督さんの指示を聞いて、だんだん合わせていくという感じです。

私は、台本をいただいたらお風呂の中で覚えて、念仏のようにイメージを作っていきます。他のキャストの方のセリフも読みながら「ここはこうだから、こうしたほうがいいかな」と自分の中で思い描いて練習して、いざ現場に行ったときには監督さんに、「こうしたらどうですか?」と伝えるときもあります。
基本的に脇役のときはメインキャストを立てなければいけないんですが、そうは言っても自分を主張すべきところは主張しないといけません。むしろそのほうが、監督さんからすると「あ、ちゃんと考えてるな」というふうに見ていただけるのかなと。
もちろん、あんまりガーッと主張してしまうと「何言ってんだお前」ということになるので、そこは冷静に周りを見てバランスをとります。

自分の置かれた立場を冷静に捉えつつ、「奥ゆかしくなりすぎずに自分を主張する」ということも、ときには必要なんですね。

普段のお仕事との両立も大変だと思うんです。そのあたりは、お二人はどうされていたんでしょう?

生活と芸能活動のバランスでいうと、僕の場合は普段の仕事と芸能の仕事はすり合わせをして、うまく合えば参加させていただく感じです。ただ、役付きのお話をいただいたときは、もうそっちに寄せていって、普段の仕事のほうをなんとか調整しますね。

私も、ここぞというキャストの案件があったときはそちらを優先できるように調整をします。ただ、普段の仕事が生活の基盤であって、そこが崩れちゃうと全てが空回りしていってしまうので、そのバランスが大切なんですよね。

社会人経験が芸能の仕事に活きることってある?

さきほど、「今までの経験のラベルを付けたまま芸能の仕事に臨むのはあまりよくない」というお話がありました。でも逆に、これまでの経験が芸能の仕事でも活きるということはなかったですか?

役同士の人たちの関係性をつくりあげるということに対しては、今までの経験が役立ったかもしれません。
社会経験があることで、現場内でのさまざまな人たちの位置関係とかを、経験値で読み取れることがあったりはするかなと。

なるほど、それはたしかに社会での経験が活かせる部分かもしれませんね。

私の場合は、やはり20数年サラリーマンをやっていたこともあって、規則正しい生活をずっとしていましたから、「この業界もそれが必要なんだな」というのは、現場に行って感じました。当然ながら、遅刻してはいけないですから。

世間的なイメージだと、役者というと不規則で破天荒な生活をしている気がしていましたが、とはいえ「時間を守る」は当然、重要ですもんね。

それも含めて、社会的な常識を身に着けていたほうが、岩﨑さんもおっしゃっていたように、現場での立ち居振る舞いを含めて、周りの皆さんに迷惑をかけにくいとは思います。

逆に、そういった社会経験が豊富なことが、芸能の現場でマイナスに働いてしまうことはありますか?

逆に他人が見えすぎてしまうというか、「それはダメでしょ」っていうのが見えてしまったりする、というのはあるのかな……。でも、言えないし、あんまり言わないようにはしていますね(笑)。

それは、僕もわかります。たとえば時代劇なんて特に、小物の扇子ひとつとっても借り物なのですけど、同年代の人がその扇子で自分を扇いでたときは思わず「それは借り物だから、そういうふうに使っちゃダメなんだよ」ということは、言ってしまいましたね。でも、「はぁ、そうなんだ」「へー」と言って、また違うところで同じことをやっていたり……(笑)。

現場では、「まったくもう……」と思ってしまうことも、少なくはないみたいです。

なるほど。でもある種、若い子だったら仕方ないのかな……。難しいですね。

そこは難しいです。でもその一方で、この世界って、自分よりも小さい方々も大先輩だったりします。だからそういう方の話もやはり、ちゃんと聞くべきときは聞かなければいけないな、というふうには思います。

ええ、自分より小さい大先輩たちからは、勉強させてもらうこともすごく多かったりしますね。

「男性は歳を取ってくると新しい友人が作りづらくなる」、だけど……?

それは「現場に出て初めて学べる」ということでもありそうですね。お二人は現場に出て、「これは勉強になったな」ということはありますか?

うーん、僕が思っているのは、「レッスンを受けること」「現場に出ること」は両方やっておいたほうがいいということですね。
なかには「現場だけやってればいいんだ」という方もいらっしゃいますが、レッスンで学んだことを現場でちょっと試してみるとか、現場でキャストの方が演じているところを見ていると、「あ、先生が言ってたのってこういうことなんだ」というのがわかったりします。それを今度はレッスンで試してみたり。両方やっていれば、相乗効果で面白くなるな、と思うんです。

面白いですね。山口さんはどうですか?

今まで以上に集中力がついたかなと思います。本当に、現場に行くとわかるんですけど、キャストの皆さんの集中力ってすさまじいんですよね。顔色一つ変えずに何度も繰り返して演じられる集中力は、やはり現場に出てみて勉強になりますし、自分自身も集中してその場は臨むんだっていう気持ちを持てるようになりましたね。

おお、なるほど。もしかして、『半沢直樹』の現場ですか……?

『半沢直樹』は、特に主役の半沢さん=堺雅人さんの集中力といったら、本当にすごかったですね。長いセリフがたくさんあるのに全然噛まないですし、何度も同じテンションでできますから。「自分もこうなりたいな」と心の底から思いました。

このお仕事をしてみてよかったと感じたことに関しては、いかがでしょう?

スタニスラフスキーの『俳優修業』にも出てくるんですが、たとえば武士の役だったら「何となく武士っぽいイメージで演じよう」ではダメで、その役の人物を自分に置き換えて、「自分がそこにいたときに、このセリフをしゃべるのにどういう気持ちでいればいいのか」を考えなければいけません。
そのためには、よく台本を読んで、その人の生活がどういうものかを考えたり、時代背景も調べたりします。
そうやって仕事をやっていくうちに実感したのは、「俺、何にでもなれるんだな」ということでした。武士にも、軍人にも、弁護士にも、極悪人にもなれる。なおかつ、時代を超えていくこともできるんですね。幕末の志士にも、マッカーサーに会うこともできる。
私自身、『俳優修業』をしっかりと理解できるのはまだまだ先のことだとは思いつつですが……でも、俳優の仕事をしていると、人生を何倍も楽しめるなと。それがやっぱり一番ですね。

「演技の面白さを知ることで、人生を何倍も楽しめるようになる」と語る岩﨑さん。

私はテアトルに入って、おそらくサラリーマンをやっていたら絶対に知り合えないような人たちと仲間になれたことが、自分の中では大きいです。サラリーマン時代のクライアントは、大企業のお偉いさん方でしたから。
自分はずっと歯車としてやっていたけれど、テアトルで出会うのは、自分では考えられないような発想を持っているような方だったり、あとはフリーランスでお仕事をされてる方もけっこういらっしゃいますし。だから、ワクワクしちゃいましたね、

面白いですね! 女性と違って、男性は歳を取るほどに、新しい友人をつくるのって難しくなってしまうと思うんです。

そうですよね。自分が心がけていたのは「自分から飛び込む」っていうことかな。自分から積極的に仲間をつくっていく、というふうにしたのがよかったのかもしれないですね。

歳を取ってくると、会社と自宅ぐらいしか居場所がない。友達っていっても地元で飲んだり騒いだりぐらいで。でも、テアトルでは本当に今まで何十年も生きてきて、おそらく関わるはずのなかった人たちと、劇中では友情を交わしたりしちゃうんですよね。

そうですよね。あとは、自分がドラマに出るようになったからかもしれないですけど、ドラマの見方が変わりました。今までは本当にストーリーをそのまま追っかけていただけだったんですけど、そうじゃない部分、裏側の人たちの動きも注意深く見るようになりましたね。
それとやっぱり、仲間が出てたりすると嬉しくなっちゃったり、逆に「くそー! 何だよ、いい役もらって……!」って思うこともありますよ(笑)。

「仲間の活躍は嬉しいですけど、でも嫉妬もしますよ!」と率直に語ってくれた山口さん。

お二人のお話を聞いていると、すごく感情豊かな体験ができる生活になっているんですね。年齢が上がるほどに、生活ってだんだん繰り返しになっていってしまうと思うんです。二人とも、ある種そうなるのを予感したのかもしれないですけど、パッと飛び込んで、そこからすごくハツラツとされているんだな、という感じをすごく受けます。

僕が先生から言われて印象的だったのが「どんな台本にも目標がある」というお話でした。目標に向かって人物は進んでいくんだけど、自分が望んだこととは違う状況も当然、出てきます。そこで目標がはっきりしていないと、挫折してしまう。
でも、ちゃんと目標さえ持っておけば、また新たな行動が生まれて、次に進める。だからとにかく欲求が生まれたら行動しなさい、行動を止めちゃ駄目だ、それは舞台でも映像でも同じなんだ。行動をしたときに湧き上がってくるものが感情になって、それが演技になるんだ、と。
そういうことをおっしゃっていたんで、そこから自分の普段の生活も変わりましたね。目標をちゃんと持っていて、そこへ向かう一本の筋を通しておけば、何かあっても「でも、俺はここに行きたいんだから、この場をどうやってしのごうか」と、うまい具合に考えられるようにはなってきたかな、と思いますね。

「この台本の目標はなにか」を考えておくことで演技に落とし込みやすくなるように、人生全般にも「目標」を定めておくことで、行動もできるし、新しい考えも生まれる……演技と人生って、実はよく似ているのかもしれませんね。

これから二人が芸能活動で挑戦していきたいこと

ありがとうございます。それでは最後の質問なんですけど、これからお二人は芸能の世界でどんなことをしていきたいですか?

僕は映像の世界にどっぷり浸かってみたい、というのはありますね。

岩﨑さんはそれこそ大河ドラマなどで、大きな役どころをもらえそうな気がしますね。

まずは頑張って、自分の仕事との折り合いをうまく調節して、長い期間、同じ役でやれたら最高だなって思います。

この仕事って、健康で生きていればずっとできるお仕事じゃないですか。なので私は、夢は大きく、息の長い役者として活躍していければなって思います。目指せ主役!

それはどういう劇がいいんですか? ドラマ? 現代劇?

そこはもうオファーがあれば何でもチャレンジします(笑)。

なるほど、一貫していますね(笑)。お二人とも、今日はどうもありがとうございました!

向かい合って笑う岩崎さんと山口さん

 というわけで今回は、社会人として長く働かれてきて、50歳を過ぎて芸能界の門を叩き、いまは芸能活動でも活躍されている岩﨑さん・山口さんのお二人にお話を伺いました。

 人生経験豊富なお二人からは、これから芸能界を目指そうというミドル・シニア男性だけでなく、芸能の仕事一般に関心をもつ多くの人に、参考にしてもらえるお話が聞けたのではないかと思います!

 もしテアトルアカデミーへの入学にご興味をお持ちの方は、テアトルアカデミー本サイトでもさまざまな情報を公開していますので、ぜひ覗いてみてください。

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文・取材・編集=テアトルロード編集部/撮影=荒川潤